2014年5月4日日曜日

関宿 ~野田~

チーバくんの鼻の先



利根川と江戸川の分岐点にあり、昔、河川交通で栄えた町です。
関宿城とその城下町がありました。
川の流路が変わったためにかなり変わってしまっていますが、それでもところどころに城下町の遺物が残っています。

関宿~清水公園キッコーマン煉瓦蔵 を廻りました。

 関宿城跡博物館には無料駐車場有。その他は、道端に停めました。









関宿城博物館
関宿水閘門に向かう江戸川の河川敷から撮影。

関宿水閘門
利根川から分かれた江戸川の入口に設けてあって、江戸川の水量を調節している。写真は水門で、隣に併設されて、船舶の航行時に上下の門を開閉して水量を調節する閘門がある。

チーバくんの鼻の先
関宿城博物館から関宿水閘門に向かう途中の橋の上に「ちば」と書いてあった。
どうやら、ここが千葉県の北西端で線の向こうは茨城県の五霞町らしい。
ということは、ここは千葉県のキャラクター”チーバくん”の鼻の先!

鬼門除け稲荷
関宿城の鬼門の方角(北東)にあたり、寛文9年(1669)に建立されたものといわれている。明治の廃城の頃に関宿城天守脇にあつた稲荷を移築したものらしい。(関宿城博物館資料より)

関宿城跡
本丸の跡らしい。遠くに見えるのは関宿城跡博物館。
松平康元(徳川家康異父弟)が天正18年(1590)に2万石で入城以来、譜代大名が代々(23代)配置される。寛文11年(1671)、12代久世広之(老中)の時、天守閣破損のため江戸城富士見櫓を模して御三階櫓を再建。(関宿城博物館資料より)

鍵の手十字路
城郭東側の搦手門から武家屋敷を東西に延びる小姓町通りと南側の大手門から三の丸に通じる桜町通りの交差点。鍵の手状に交わる変則の十字路。(関宿城博物館資料より)
左奥に見えるのは江戸川の堤防。昔は堤防の奥まで道が伸びていたようです。

外堀・土塁跡
大手門付近に残る外堀跡。昭和61~ 63年の発掘調査で城の外側を巡る土塁の幅が8mほどあつたことが確認されている。(関宿城博物館資料より)
標識が立っていなければ堀の跡だとはわかりません。

光岳寺
境内に小舟が置いてありました。
軒先に洪水時の移動用の船を吊していた家もあったそうなので、これも非常用の船だったのでしょうか。近くに川はありません。

彩雲
番外編。
関宿に行く途中、谷和原インターチェンジの近くで偶然見つけました。